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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)2714号 判決 1975年10月13日

控訴人 兼松興業株式会社

右代表者代表取締役 長谷川兼松

右訴訟代理人弁護士 山田靖彦

被控訴人 橋口健一郎 旧氏・橋口

被控訴人 鮫島節子

右両名訴訟代理人弁護士 福田恒二

ほか三名

主文

一、原判決を取り消す。

二、被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

三、訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人らの連帯負担とする。

事実

控訴人代理人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴人ら代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

被控訴人らの請求原因およびそれに対する控訴人の答弁ならびに証拠の関係は、後に(証拠の関係)において付加・訂正するほか、原判決書の事実欄に記載されているのと同じであるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

一、被控訴人らは、昭和四五年三月二七日ごろ訴外須永光一(以下、須永という)との間に、

(1)被控訴人らは須永が被控訴人らの代理人となって本件不動産を第三者に七〇〇万円の限度内で担保に差し入れることを認め、担保差入の方法は抵当権設定、譲渡担保その他のいかなる方法でもよい。

(2)第三者との金銭消費貸借契約は、須永が当事者となって行うものとし、同契約にもとづき借入金を受けとったときは、被控訴人らにその限度で転貸融資するが、借入先、借入条件は須永が単独で任意に定められる。

(3)被控訴人らは、須永への融資者となる第三者に対し、必要があれば須永のために連帯債務者になる。

との契約を締結した。すなわち、右契約は前記趣旨の範囲で信託か、少なくとも委任もしくは委任類似のものであり、その目的範囲内での本件不動産処分に関する代理権が被控訴人らから須永に与えられていたことになる。

二、被控訴人らは、その後間もなく金沢卓弥こと金在九(以下、金という)との間にも、右須永におけると同様の契約を締結し、同人に対しても本件不動産につき同様の代理権を授与した。もし金が被控訴人らから直接右代理権を授与された事実が認められなかったとすれば、被控訴人らはかねて須永に対し同人に与えたのと同様の代理権をさらに他に授与しうる権限を与えており、須永はその権限にもとづき金に右代理権を授与していた。

三、控訴人は、昭和四五年四月七日頃須永および金または金に対して六三〇万円(または少なくとも二七〇万円)の金員を貸しつけるとともに、須永および金または金は、被控訴人らより授与された権限の範囲内で同人らの代理人として右債務の譲渡担保として本件不動産を控訴人に譲渡したが、同担保権の内容は、被控訴人ら、須永、金のいずれかより右貸付金を返済したときは、本件不動産を被控訴人らに返還するというものであった。

四、被控訴人らは、右一および二の代理権限を須永および金または金に対して授与した旨を、その旨の委任状(乙第一号証の一、二)、印鑑証明書、本件土地登記済権利証、その他多数の白紙委任状等を同人らに交付することによって、同人らが右各書類を用いて取引の相手方とした控訴人に表示したのであり、須永および金または金の右三の行為は右表示された代理権の範囲内のものである。

五、仮に須永および金が前記代理権を有しなかったとしても、被控訴人らは須永および金に対し、同人らが二五〇万円を限度として第三者から新たに金員借入をするために本件不動産を担保に供することの代理権を授与していたところ、右両名はその代理権限を超えて同人ら自身の控訴人に対する既存の借受金債務のため、本件不動産に売渡担保権を設定した。このように須永および金は、その代理権限を超えて自己の控訴人に対する既存債務に担保権を設定したのであるが、控訴人は右両名において前記の行為をする代理権があると信ずるにつき正当な事由があり、しかも善意無過失であったから、被控訴人らは民法一一〇条の表見代理の法理によって右両名の行為につき、その責に任じなければならない。

六、仮に右の事実が認められないとしても、被控訴人らは昭和四五年四月一五日ごろから同月二〇日ごろまでの間、控訴人方を訪問した際、控訴人に対し須永らの前記処分行為を追認する旨の意思表示をした。

七、被控訴人らの後記当審における主張第二項のうち、その主張にかかる代理権の消滅および控訴人に故意または過失があるとの主張は否認する。

(被控訴人らの主張)

一、控訴人の前記当審における主張第一ないし第四項の事実は否認する。

二、同第五項のうち、被控訴人らがもと須永および金に次の内容の代理権を授与していたことは認めるが、その余の事実は否認する。

被控訴人らは、昭和四五年三月二六日、須永に対し二五〇万円の融資方を申し込むにあたって、同人において被控訴人らを代理して第三者に対し本件一の土地および本件二の建物(以上は引用にかかる原判決の略称)に買戻特約付売買の登記による譲渡担保を、本件三の建物(引用にかかる原判決の略称)に抵当権をそれぞれ設定できる旨の権限を授与したが、須永において同年四月四日右融資を断ってきたため、その時点において右融資の約定とこれに伴う前記代理権が消滅し、仮にそれが認められなくても、被控訴人らが控訴人と直接折衝するようになった同月一四日に右代理権が消滅した。

次に被控訴人らは、昭和四五年四月四日、金に対しても一八〇万円の融資方を申し込んだ際、前記須永との間におけると同様の条件による代理権を授与したが、金は同月一一日右融資を断ってきたため、その時点において右融資の約定とこれに伴う前記代理権が消滅した。

控訴人は、右のように被控訴人らが須永および金に授与した代理権消滅の事実を知っており、もしくはこれを容易に知りえたのに不注意によってこれを知らなかったのであるから、その主張にかかる表見代理の関係が成立する余地はない。

三、仮に控訴人が被控訴人らから須永および金または金に授与された前記代理権の消滅を知らなかったとしても、現実に須永および金または金が控訴人との間になした取引は、明らかにその権限を逸脱したものであるため、表見代理の成立は認められるべきではない。すなわち、被控訴人が原審で再抗弁として主張したほか、控訴人において被控訴人らが須永にその主張にかかる権限を与えたことを立証するという契約書(乙第二二号証、第二八号証の一、二)によると、須永らが本件不動産を利用し他から金員を借り受け、それを被控訴人らに交付するならば格別、金の控訴人に対する既存の債務と相殺し、あるいは金が銀行に対して負担する債務を肩代りさせるなどの所為に及ぶようなことが許されないことは明らかであり、須永らの所為がその権限を逸脱していることは、前記契約書の記載内容と比較すれば容易にこれを知りうるところであるから、控訴人は須永らの権限逸脱を認識していたものというべきである。仮に控訴人がその事実を知らなかったとすれば前記のような諸般の事情に照らし、それを知らなかったことに過失があるといわなければならない。

四、控訴人の当審における主張第六項の事実は否認する。

(証拠の関係)<省略>。

理由

一、請求原因事実は当事者間に争いがない。

二、よって進んで抗弁について判断する。

(一)須永および金または金が控訴人に対する債務六三〇万円(または少なくても二七〇万円)を担保するため、被控訴人らから代理権を授与されて、本件不動産に売渡担保権を設定したとの控訴人の主張事実は、これを認めうる証拠はない。

(二)被控訴人らの代理人たる須永において民法一一〇条の表見代理が成立するとの控訴人の主張についてみるのに、被控訴人らが昭和四五年三月二六日須永に対し二五〇万円の融資方を申し込むにあたって、同人において第三者から金借し、その債務について被控訴人らを代理して第三者に対し本件一の土地および二の建物に買戻特約付売買の登記による譲渡担保を、本件三の建物に抵当権をそれぞれ設定できる旨の権限を授与したことは被控訴人らの自認するところであるが、須永が被控訴人らを代理して、控訴人との間に本件不動産につき売渡担保契約を締結した事実を認めうる証拠はないので、右主張についてはさらに判断の要をみない。

(三)次に被控訴人らの代理人たる金において民法一一〇条の表見代理が成立する旨の控訴人の主張について審案する。

被控訴人らが昭和四五年四月四日、金に対して一八〇万円の融資方を申し込んだ際、前記須永との間におけると同様な条件になる代理権を授与したことは、被控訴人らの自認するところである。そして、右の事実と<証拠>によれば、金は昭和四五年四月七、八日ごろ、控訴会社代表者に対し本件不動産の所有者たる被控訴人らより同不動産を譲渡担保に供する代理権を授与されているから、これを担保として融資して貰いたいと申し込み、被控訴人らの須永および金に対する本件不動産を担保に提供することの委任状(乙第一号証の一、二)、被控訴人らと須永との間の同不動産を担保として他から金融を受け入れることに関する契約書(乙第二二号証)、同不動産の登記済権利証、被控訴人らの白紙委任状、印鑑証明書等を交付して折衝した結果、控訴人は金に六三〇万円を貸しつけることとし、ただその支払方法に関して、二九〇万円は当時金が金融機関に負担していた同額の債務を控訴人が代って支払い、七〇万円は金が控訴人に負担していた同額の債務と相殺し、現実に交付するのは残金二七〇万円とする旨の合意が成立し、控訴人より金に対し右残額相当の額面の小切手を交付したことが認められ、右認定に反する原審証人金在九の証言は同人が右折衝当時控訴人に対し多額の債務を負担しており、その返済を迫られていたことなどその証言中には矛盾する点も少なくないため採用できない。そして、右のように金が控訴人から金個人の控訴人または第三者に対する既存債務を弁済する資金まで借り受けるためにも本件不動産を担保に供することまでの権限を被控訴人から与えられたことを認めるのに足りる証拠はない。右の事実によれば、金は被控訴人らより授与された代理権の権限外の行為をしたものといわなければならない。

そこで、金のした右権限外の代理行為につき控訴人がその権限ありと信ずべき正当な理由を有したか否かについて検討する。

右金員貸借に際して、控訴会社代表者が金から呈示交付を受けた本件不動産を担保に供することの委任状たる乙第一号証の一、二は、そのうち被控訴人らの記名押印部分については成立に争いがなく、その文面には、被控訴人らが須永および金に対し、「本件不動産の適当な方法での売却およびその代金の受領決済に関する件、同不動産を総額七百万円の限度内で担保に差入れる一切の件、同不動産で融資を受ける一切の件、以上に必要な一切の行為をする件」等の権限を委任する旨の記載が昭和四五年三月二八日付でなされており、また同じく右貸借の際に控訴会社代表者が金から交付を受けた被控訴人らと須永との間の本件不動産を担保として他から金融を受け入れることに関する契約書たる乙第二二号証は、これまた被控訴人らの氏名下の押印部分の成立に争いがなく、その文面には控訴人の当審における主張第一項と同旨の契約をした旨の記載があり、原審証人須永光一(第一、第二回)、金在九の各証言によれば右委任状および契約書が果たして被控訴人らの意思にもとづき同人らの十分な理解のもとに作成されたか否かは、あるいは若干疑問とされても、前掲証拠および原審における証人相沢功の証言、被控訴人橋口健一郎本人尋問(第一回)の結果によると、被控訴人らが昭和四五年三月ごろ早急に金員を調達する必要に迫られ、本件不動産を担保に供し街の金融業者からでも金融をえようとして、須永に金策方を依頼したところから、須永において前記契約書を、須永または金において前記委任状二通をそれぞれ控訴会社とはまったく関係なく作成したものであること、金は須永から被控訴人らを紹介されて金策を引き受けた際、須永から前記本件不動産の登記済権利証、白紙委任状、印鑑証明書などの関係書類一切を交付され、それらの書類と前記委任状(乙第一号証の一、二)および契約書(乙第二二号証)とを被控訴会社代表者に交付し、被控訴人らの代理人として前記のとおり譲渡担保契約を締結したことが認められ、前記証人金在九の証言のうち右認定に反する部分は事実と隔たるものとみられるため採用せず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

右の事実によると、被控訴人らが須永を経由して金に交付し、金が本件譲渡担保契約に際し控訴人に呈示交付した書類中には、須永および金に対し前記認定の権限を委任する旨を明示した委任状(乙第一号証の一、二)、白紙委任状、本件不動産の登記済権利証、被控訴人らの印鑑証明書など本件不動産につき譲渡担保契約およびその設定登記申請手続をするために必要とする一切の書類が含まれていたのであるから、控訴人において金に前記代理権があると信ずるにつき正当な理由があったものとみるのが相当である。

(四)被控訴人らは、控訴人において金に前記代理権を有しなかったことを知っていたし、仮に知らなかったことに過失があると主張するが、控訴人において金が右代理権を有しないのを知っていたことを認めうる証拠はないし、本件譲渡担保契約の締結に際し、金が前記関係書類を呈示交付し、とくに前記のとおり、被控訴人ら名義の委任状(乙第一号の一、二)に「本件不動産を総額七百万円の限度内で担保に差し入れる一切の件」が委任事項として記載されているところからすると、金が本件不動産をその限度内の六三〇万円の借受金債務の譲渡担保に供する旨を合意したのが、その代理権の範囲内であると控訴会社代表者が信じたのは相当であり、控訴人が金において正当な代理権を有しなかったのを知らなかったことにつき過失があったとすることはできない。金が本件不動産を譲渡担保に供するにあたり、借受金の一部を金融機関に負担する自己の債務の立替払に充て、あるいは控訴人に対する債務と相殺するなどということは、一般には奇異な感じを受けないではないが、それが前記七〇〇万円の限度内であるところからすると、控訴人において不審の念を抱かなかったとしても、これを責めるのは酷に失する。また本件譲渡担保契約締結当時に控訴人がその事務所に金の事務所を同居させており、金が控訴人に相当額の債務を作り迷惑をかけており、金融機関などに債務を負い信用性が乏しかったとしても、そのことと本件譲渡担保契約締結につき代理権を有することは別個の問題であり、右のように信用性が乏しいからといって直ちに金の右代理権行使が正当な授権にもとづかないものと推測しなければならないものではない。さらに前記委任状(乙第一号証の一、二)のうち委任状と書いた表題部分および委任状の住所、氏名部分と委任事項を記載した部分とは精細に見れば筆跡が異っているとみられ、委任事項の内容も売却、担保差入、融資と異ったものが雑然と記載されており、しかも本件譲渡担保契約にあたり、右委任状のほかに多数の委任状その他の書類が添付されていたことは被控訴人らの主張するとおりであるが、そのようなことは通常の取引において決してまれではなく、むしろしばしば見られるところである。また本件不動産を他に担保に提供するための契約書(乙第二二号証)は、被控訴人らと須永との間に作成されたことを証するものであって、金との間に作成されたものではないが、金は須永によって被控訴人らに紹介されて金策にあたることになったなど前認定の事情からすれば、控訴人もまたその事情を金から告げられたこともありうるので、このことも控訴人において金の代理権の範囲を疑う事情とはいえない。したがって、以上の諸事情があったからといって、金が被控訴人らの代理人としてした本件譲渡担保契約を控訴人が通常の取引と異なるものとして不自然な感じを抱かず、あるいは被控訴人ら本人に対し代理権授与の有無を直接確認しなかったことをもって、控訴人に過失の責があったとすることはできない。してみれば、控訴人において金が前記代理権を有しないことを知っており、もしくは知らなかったことに過失があるとする被控訴人らの主張は採用することができない。

(五)なお、被控訴人らは金に対して授与した代理権は昭和四五年四月一一日または同月一四日に消滅したと主張するが、その主張する代理権消滅の日は前認定の金と控訴人との本件譲渡担保契約締結の後であるから、右主張事実の有無は上記の判断になんらの消長をも及ぼすものではない。

三、以上に説示したとおり、控訴人の抗弁は理由があり、被控訴人の本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく、失当たるを免れない。

よって、被控訴人らの本訴請求を認容した原判決は不当であって本件控訴は理由があるので、民訴法三八六条に則り原判決を取り消したうえ、被控訴人らの請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき同法九六条および八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 畔上英治 判事 安倍正三 岡垣学)

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